聡の心内を読んだのか、今度はツバサが腰に手を当てる。
「金本くんの気持ちもわからないでもないけど、それってちょっとひどいんじゃない?」
「ひどい?」
ツバサは特別責めるような口調ではなかったはずだ。むしろ、相手の気持ちを逆撫でしないよう配慮もしつつ発言したつもり。だが、聡にその気遣いは届かなかったようだ。
ひどい? 俺が?
軽く唇を噛む。
俺が悪い? 悪いのはそっちだろう? 涼木の陰で震えてる女の方だ。コイツが美鶴をメチャクチャにしたんだ。
なのに悪いのは俺なのか?
美鶴を自宅謹慎へ追い込んだのは緩だ。だが責められるのは自分。
美鶴の性格を捻じ曲げたのは田代里奈。だが悪いのは自分。
「どいつもこいつも」
唸るような声に、ツバサも聡の異常に気付く。里奈を庇うように片手を伸ばす。里奈は庇われるまま一歩下がる。そんな二人の仕草が、ますます聡の怒りを膨らませる。
俺が悪いのか?
「俺の気持ちがわかるだと?」
すっかり吊り上ってしまった視線で睨み付ける。
「美鶴を裏切ったのはコイツじゃねぇか」
「シロちゃんは美鶴を裏切ったワケじゃない」
「ワケじゃなくても同じことだ」
「同じじゃない。それは誤解よ」
言い返すツバサに向かって、聡の一歩が踏み出す。
「誤解だろうが何だろうが、美鶴が変わってしまった事に代わりはない。悪いのはコイツだ」
顎で指し示され、耐えられず視線を逸らす里奈。
「だから、シロちゃんはその誤解を解いて、少しでも美鶴に元に戻ってもらおうと」
「違うなっ!」
聡は激しく遮る。
「違う。田代は美鶴を元に戻したいなんて思ってない。ただ、また昔みたいに自分を護ってもらいたいだけだ」
「そんなこと」
聡の言葉を否定しようと試みるツバサだが、その先の言葉が出ない。
確かに、里奈は美鶴に対して申し訳ない事をしたという趣旨の言葉は口にする。だが、美鶴に会いたい、美鶴とまた昔のように戻りたいとは言いながらも、昔のような明るい美鶴に戻ってもらいたいとは言っていない。
昔の美鶴。ツバサはそれを知らない。だからだろうか、里奈が、美鶴との関係には拘っても昔の美鶴そのものには拘らないという事に対して、あまり深く考えた事はなかった。
だが、目の前の少年は違う。
聡は美鶴が好きだと公言しつつも、ただ美鶴を惹きつけたいと思っているだけではなく、元に戻したいと言っている。ツバサの知らない、明るく快活であると聡や瑠駆真が語る美鶴に。
「そんな事」
そこまで言ってその先が続かないツバサの態度に、聡は意地悪く口の端を吊り上げた。
「何だよ、そんな事、何だ?」
「そんな事、ないっ!」
ツバサは無理矢理反発する。
たとえ里奈が美鶴自身には拘っていなくても、美鶴という人物そのものには気を留めていないとしても、それでも里奈と美鶴が会う事に反発し、会おうとする里奈を責め、二人を引き離そうとする行為には反対だ。
「そんな事ない。シロちゃんだって、美鶴の事を考えてる」
心の隅に、安績の言葉が漂う。
「あの子はまず、自分の自立を優先させなくては」
そうだ、シロちゃんをいつまでも唐草ハウスに頼りっきりにさせてはいけない。いずれは唐草ハウスから出て行かなければいけない。その時、外へ出ても一人で生きていける人間になっていなくてはいけない。
その為には、美鶴との関係を修復させるのが何よりの特効薬だ。
ツバサはそう思う。
たとえ昔のようには戻れなくても、美鶴との蟠りが消え、少しでも二人の関係が近づけば、シロちゃんは外へ出て行く勇気を身につけることができるかもしれない。なにより、普段は滅多に自分の意志を主張しないシロちゃんが、自ら美鶴に会いたいと言い出したのだ。その願いは、何としても叶えてあげたい。
「シロちゃんだって、美鶴の事を考えてる。それに、美鶴だってシロちゃんに会いたがってるかもしれない」
「そんな事ない。美鶴が田代に会いたがってるようには見えない」
「見せてないだけで、本当は会いたがってるだけかもしれない」
「そんな事ないっ!」
地面へ向かって喚き散らす聡。
そんな事ない。美鶴が、自分が嫌う人間に会いたがっているなど、そんな事あり得ない。
昔から納得できなかった。なぜ美鶴が田代里奈などと一緒にいるのか。なぜ美鶴はいつも里奈を褒めるのか。なぜ美鶴は里奈の事を話す時、あれほどに楽しそうな笑顔を見せるのか。
納得できなかった。自分が嫌う人間と一緒にいる事が、聡には我慢ならなかった。
やっと離れてくれたんだ。もう、近づけたくはない。
「美鶴は田代になんか会いたがってねぇよ。ウザいだけだ。どっか行け」
吐き捨てるように言って里奈を睨み付ける聡の前に、ツバサが立ちふさがる。
「何よ、その言い方。ひどいじゃない。だいたいシロちゃんが何したって言うのよ。そもそも金本くんがシロちゃんと美鶴の関係に口出す権利無いんじゃない?」
「っんだとっ?」
権利が無いという言葉が、聡の逆鱗に触れた。
権利がない。自分には美鶴を助ける力もないから、自分は無力だから、だから自分は無用だ。
そう言われたような気がした。
我慢できなかった。
「うっせぇよっ!」
八つ当たりのようにツバサに向かって叫ぶ。
「お前だってカンケーねぇだろっ!」
「私はシロちゃんに頼まれて」
「っんだよ、シロちゃんシロちゃんって。お前はコイツの保護者かよっ!」
叫びながら詰め寄る。毅然と自分を睨みあげる頭部の隅で、黄色い髪留めがチラリと光った。聡の胸を覆う憎悪や激情が、卑劣な感情を誘発する。
「だいたい、お前はこんなヤツのお守りしてる暇あんのかよっ。お前だってコイツの事であれこれ悩んでるクセによっ!」
「なっ!」
|